2004年3月の手紙

山根 基世 様

  写真は初めて山根さんに送ったものです。この写真はタラ・レバのない、ほぼパーフェクトの写真でしたが、少しも進歩がなくて、これを超える写真は撮れませんでした。

 この年の7月、教育テレビの番組「ラジオ深夜便特集」に山根さんが推薦してくださり、この写真がテレビの画面いっぱいにズームアップされた時は感激しました。「カワセミ情報」は、私の生きがいでした。放送してくださる山根さん、リスナーの皆様の応援をいただいて、とても嬉しく楽しかったです。

 思えば平成5年の秋、池の魚達に餌のペレットを投げてやっていたその指先をカワセミが偵察するかのようにゆっくり東から山際の西の方へ飛んだのでした。

 それからは毎日カワセミ、カワセミで暮らしました。幸い家の中からの定点観察なので、あの恐ろしい難病、特発性間質性肺臓炎肺繊維症の息切れの影響が少なくシャッターを切りまくりました。その間名前をつけたカワセミは、美男子のカイチョウサン、奥さんのヨネちゃん、ニイちゃんウメちゃんの番い等など数多くの写真を撮りました。その数1万1千枚。

 カワセミが巣を造る自然の粘土の崖が少なくなった現在、一寸おこがましいが繁殖のお手伝いをしようと近所の石屋さんに頼んで本格的な粘土の崖の巣を造ってもらいました。 夢はこの人工の巣から1羽また1羽と巣立って行く幼鳥を写真に撮ることでした。そしてそれを山根さんに送って発表してもらうことでした。 間に合いませんでした。

 巣のリニューアルは昨年の暮れに終わっております。チビネエちゃんとイケメン君が番いになってと期待していたのですが、1月20日頃から来なくなりました。カワセミ観察を始めて10年余こんなに長くカワセミ留守は初めてです。何かの暗示なのか。はたまたカワセミ情報が終わるのを知ったか奴め!


 「山根基世の土曜ほっとタイム」さ・よ・う・な・ら。

2004年3月
峯岸 信之