1999年7月15日の手紙

山根 基世 様

 そもそも我家の池にカワセミが来るようになったのは、今は亡き「写団法人花写ッ」(主宰・峯岸)の唯一人の会員の勇さんが、クチボソを放流したのがきっかけでした。

 平成5年の3月初旬の朝、池の魚たちに餌を投げてやっていたら、その手の先をカワセミがゆっくり偵察するかのように東から西へ飛んだのでした。

 色温度は上がらず昼間のコバルトブルーというよりグリーンに近いブルーの美しい色でした。感動しました。そして子供の頃、池の上をカワセミが飛んでいたのを思い出しました。

 毎日来ないものかと待っていましたが、時々しか来ませんでした。そこでクチボソを溜池に捕りに行って大量に池に入れ、池の一部を浅くして、カワセミが魚を捕りやすいようにしました。止まり枝も作ってやりました。それでもあまり来ないので「カワセミ君、魚たくさん入ってます!」と看板を出そうかと妻と冗談を言っておりました。

 やがて8月半ば過ぎ、長く自分の餌場として居つく、美男子のカワセミがやってきました。故あって「カイチョウサン」と名付けました。カイチョウサンは縄張りを主張してどんなカワセミも寄せつけませんでした。

 あくる年の2月「ヨネチャン」(でしゃばりオヨネ)が大きな声で鳴きながら現れました。カイチョウサンは押され気味にペアになりました。芽吹き始めた花梨の枝に並んで止まり、小さな声でチピチピと語らい、求愛給餌をして幸せの絶頂でした。

 3月のある日、カイチョウサンはぷっつり来ませんでした。

 放し飼いのように一日中池のまわりにいて、時々どこかへ遊びに行くという毎日だったので不吉な予感がしました。ヨネチャンはカイチョウサンを探すように来ていましたが、一週間後には来なくなってしまいました。

 ヨネチャンが来なくなった次の日、氏神様の横の林道でカワセミのコバルトブルーの羽とオレンジの胸毛が散乱しているのを妻が発見しました。ツミかハヤブサにやられたものと思われました。カワセミの飛ぶ早さは時速100キロ、ツミが獲物を追う時は時速300キロ(NHK「生きもの地球紀行」による)といいますから殺られてしまいます。


 カイチョウサンもヨネチャンもとても楽しませてくれましたが悲しみも与えてくれました。

1999年7月15日
峯岸 信之