1999年10月18日の手紙

山根 基世 様

 カワセミおたくの峯岸です。ETV特集に推挙して下さいましてありがとうございました。3回見ました。身につまされて涙がでました。そして、私はまだ幸せだと思いました。

 実は私、呼吸器疾患の身障者なのです。院殿大居士の戒名みたいに長い病名「特発性間質性肺臓炎肺繊維症」と診断されたのは、昭和57年、48歳の時でした。治療法が無く、国指定の難病で医学的には早ければ1〜2年の命と書かれておりました。

 それから平成8年まで月1回の通院で、微妙なバランスなのか比較的元気でした。自分でも不思議なくらい生き続けました。

 平成9年春、あるきっかけで病状は増悪し入院しました。血中酸素が、レベル以下になり、退院しても以来在宅酸素療法で、毎日スペシャルメニューの酸素を吸っております。発病後、間もなく20年になります。

 「病む時は病むべし死ぬ時は死ぬべし」という良寛さんの言葉を知ってから、多少気が楽になり、前向きに生きて、これこそが「瞬時の翡翠の写真」だというベストショットをものにしたいと努力しております。
 それで、自慢も解説もなしでカワセミの写真送ります。

1999年10月18日
峯岸 信之